
タトゥーアーティストインタビュー連載11回目はArtemis Tattooの代表であるハチさんです。異国フランスから文化の違いを乗り越えて、日本で自分らしい表現を追求し続ける彼女。
今回はそんなハチさんに日本との出会いから、彫り師を志したきっかけ、アーティストとしての想い・哲学、今後の展望についてお話をお伺いしました。
日本語との偶然の出会いと、フランスからの旅立ち

ハチさんが日本語を学び始めたのは、偶然の選択だったという。
高校進学を機に、地元を離れたかったハチさんは、特別な理由が必要な高校転校の制度を利用して、日本語学習のある高校を選んだ。文法や書き方の違いに魅了され、気づけばどんどん日本文化に惹かれていく。
「漫画ブームがフランスであって、テレビでドラゴンボールやセーラームーンが流れてたんですけど、見ていた当時はそれが日本のものだと知らなかったんです(笑)。日本語を勉強し始めてから気がついて、驚きました。」
そしてある日、雑誌で出会った日本の音楽が、彼女の人生を一変させるーーDIR EN GREYだ。

「私の人生はもうこのバンドについていくしかない、ってなったんですよ。」
今日に至るまで彼女を夢中にさせる、DIR EN GREYとの運命的な出会いから日本への渡航を決意する。彼女は日本に行くために奨学制度を活用し、大学で日本語を専攻。大学3年生の時に留学のチャンスを掴み、初めて日本の地を踏んだ。
初めてのタトゥー、そしてアーティストの原点

日本留学後、一度フランスへ戻ったハチさんは、念願のファーストタトゥーを入れた。
「ファーストタトゥーは日本で入れたかったんですよ。でも当時は、日本語もイマイチだったし、初めて入れるのはやっぱり怖いじゃないですか。」
そうして、彼女が選んだのはリヨンの有名なスタジオ。偶然にも、そこで日本人彫り師がゲストワークで働いていた。
入れてもらったモチーフは桜と「誠」の漢字。元々漢字が好きだったというハチさんだが、「誠」という漢字とこのタトゥーには、のちに深い意味が加わることになる。
「28歳の時、桜が咲いていた日に誠くんが生まれました。」
ファーストタトゥーに選んだ「誠」は息子の名前となり、彼女にとってより一層かけがえのない存在となった。
彫り師への転機

フランスに帰国した後、一度はキャビンアテンダントを志し資格まで取得するも、やはりフランスには居心地の良さを感じられず、日本への渡航を決意。ワーキングホリデービザで英語塾の教師になった。
「子どもたちは可愛かったんですけど、先生たちがチームじゃなくてライバルみたいな感じ。その雰囲気がすごく重くて、辞めたいって考えていました。」
そんな頃、最初の師匠と出会い絵を見せるようになり「絵が上手いから彫り師になれば?」と声をかけられたという。
最初は自信がなかったと振り返るが、少しずつ練習を重ね、見習いとして修行を開始。最初の2〜3年はバイトをしながら、無償でモニターに彫ることでスキルを磨いた。
弟子入り、ハードな修行、そしてアーティストとしての誇りが、彼女の中に確かに根付き始めていた。
タトゥーと生きるーー母として、表現者として


夢を抱き、憧れて自ら目指したわけではない彫り師の道だったが、今に至るまでハチさんはマシンを握り続けている。その理由を問うと、ハチさんは笑いながらこう言った。
「基本的に私、性格悪いんですよ。何か決めたら、絶対諦めない。」
あっけらかんと語る彼女だが、彼女が彫り師として生きる決意を固めた背景には、シングルマザーとしての覚悟がある。
「シングルマザーになったし、ここはフランスじゃない。助けてくれる人もいない。成功するしかないんですよ。すべてがこの子のため。息子が幸せになればそれでいい。」
彼女にとって、息子の存在が何よりの原動力となっている。
お客さんが嫌な思いせず満足してもらえるように

彫り師としてのこだわりを伺うと、お客さんが嫌な思いをしないことを挙げた。
「お客さんから他のところで彫ってもらったけど、すごく嫌な思い出で…っていう話を聞くから、私はしないって気をつけている。結局、お客さんのおかげでご飯食べてるし、息子も生活してるんだから、感謝の気持ちを込めてやりたい。」
ハチさんのこだわりは肌の色や体型の違いにも及ぶ。太っているからタトゥーが似合わなかったなど後悔する人を減らしたいと語る。
「肌の色や体格関係なくうまく彫れるのも大事だと思いますよね。タトゥーはお客さんとのコラボレーション作品だと思っているから。お客さんが嫌な思いしないように、誰でも自分のベストを出して彫りたいですよね。」
タトゥーはお客さんとのコラボレーション作品と語る彼女は、事前のカウンセリングや施術でも持ち前の親しみやすい人柄と確かな技術でお客さんを満足させているのだろう。
アブストラクトという新たな挑戦
ハチさんのスタジオを訪れるお客さんはほとんど全員外国人なので、アニメ系のデザインを頼まれることが多いという。
「自分の好きなキャラクターを身体に入れるって素晴らしいと思う。私もアニメ大好きだから、やってあげたいし、やっていて楽しい。自分の好きなアニメの話をしながら、いい作品が生まれるのは気持ちいい。」
そう語るハチさんの目は輝き、彼女自身もDIR EN GREYをはじめ様々なものに熱中する人々の一人なのだということが伝わってくる。
他方で、自らの表現としてはアブストラクト作品にも力を入れているのだという。オーダー制ではなく、既に描いてあるフラッシュ(下絵)からお客さんが入れたいものを選ぶ仕組みをとっている。
フラッシュワークといっても、1回彫ったら、2度と同じものは彫らない。フラッシュワークでも特別感は大切だと語る。
「友達とか家族でマッチングタトゥーを入れたい人がいたらOKだけど、入れた人の作品になるから、全然関係ないお客さんには2度と同じデザインは彫りません。」
しばらくはアブストラクトで行きたいと語るハチさん。アブストラクトの予約しか来ないくらいまで伸ばしたいと語る彼女の作品は、今後どのように進化していくのか目が離せない。
生粋のアーティスト

「おばあちゃんになってもアートを作りたい。タトゥーじゃなくてもいいし、フィギュアじゃなくてもいい。焼き物もすごい好きで、あとガラスを吹くのも好き。何の形でもいいから。」
今後のビジョンについて問うと、このような答えが返ってきた。ハチさんは「タトゥーアーティスト」というよりも、広い意味での「アーティスト」なのだろう。

タトゥーアーティストとしてはコンベンションなども興味はあるが、常に自分と闘っているという。
「毎日昨日より上手い作品を彫りたいです。お客さんがそれで満足したらそれでいい。」
「これで完璧と感じることはないから、何していても満足しないんですよ。それに「このままでいいや、そのままずっと同じことをやればいいや」って思ってしまうと、アーティストとして終わります。」
停滞はアーティストとしての死だと語るハチさんは、とてもパワフルで常に過去の自分と戦っているハチさんの闘争心が垣間見えた。
タトゥーとは「心を治してくれたアート」

最後に「ハチさんにとってタトゥーとは何か?」と問うと、こう語ってくれた。
「タトゥーとは、アートでありながら、心を治してくれる方法でもある。でも文化でもあるし、人生を描くもの。」
タトゥーに選ばれたという彼女とタトゥーの出会いだが、タトゥーとの出会いが自分を好きにさせてくれたとも語る。
「タトゥーを入れた理由は、自分の身体が嫌いだったからで、好きなアーティストの作品を入れることで自分のことが少し好きになれたんです。」
世間的には威圧的な側面や美しさなどが取り沙汰されがちなタトゥーだが、自分が好きなものを入れることで自分を好きになることだってできる。
そんなタトゥーのあり方を教えてくれた、ハチさんはこれからも持ち前の巧みな技術と気さくで明るい人柄で誰かの心を癒していく。