和彫りの魅力を追い求める—— INSCRIBE TATTOO 原宿店 KANICHAEL インタビュー #4
2025/01/14
「タトゥーに興味を持ち始めたのは小学校のころ」——そう話すのは、東京、原宿のタトゥースタジオ「INSCRIBE TATTOO(インスクライブ タトゥー)」に所属するタトゥーアーティスト・KANICHAELさん。
きっかけはお母さんの兄、つまりおじさんのタトゥーを見かけたことだった。当時はまだ小学生で、テレビや雑誌でも簡単にタトゥーを目にする機会は少ない。そんな年齢で見た一枚の“身体に描かれたアート”に大きく心を動かされたという。
さらに、地元が米軍基地の近くだったこともあり、英会話を習うために基地内へ出入りしていた。そのとき、アメリカンスタイルのタトゥー雑誌を目にする機会が多かったそうだ。
「当時は和彫りとかアメリカントラディショナルとか、ジャンルの違いはよく分かっていなかったんですけど、とにかく“タトゥー”というものがカッコいいなと思って。特にアメリカントラディショナルのシンプルで力強いデザインには惹かれましたね。」
実際にファーストタトゥーを入れたのは意外にも22歳のとき。それまでは就職していたこともあり、すぐには踏み切れなかったが、「社会人として働いて、少し余裕が出てきた」タイミングで決めた。「手首に線を一本入れただけ」という小さなワンポイントだったが、入れてしまえば意外と生活は何も変わらなかったという。
KANICHAELさんは20歳から社会人として働き始めた。しかし25~26歳の頃に転職を考え、しばらくフラフラしていた時期があったそうだ。
「ちょうど、『30歳までに自分のやりたいことを見つけたい』と思ったんですよ。昔からタトゥーに興味があったし、絵を描くのも好きだったので、なんとなく“彫り師”という仕事にピンときたんです。」
そこで応募したのが、今所属している「INSCRIBE TATTOO」だった。見習いとして入った当初は、先輩アーティストの手伝いや店舗の雑務、受付業務がメイン。それでも合間に絵を描く時間をもらい、空いた時間で自分の肌に試し彫りをしてみるなど、一歩ずつ「彫り師」になる準備を進めていった。
「最初の練習台は自分の腕や足、友人たちでしたね。自分の肌に針を入れるのはあまり怖くなかったです。早く一人前になりたくて、『とりあえずやってみよう』精神でした。そのぶん経験値も上がりますから。」
アメリカントラディショナルや細かいラインのデザインなど、さまざまなジャンルを彫り始めたKANICHAELさんだが、いつしか強く惹かれるようになったのが「和彫り」だ。
「和彫りは歴史が深いジャンルなので、一から勉強しがいがあると思ったんです。伝統的なモチーフが多いし、身体全体を使って構図を考えるのが面白いですね。背中一面を1枚の絵に仕上げるっていう発想は、他のジャンルにはなかなかないので。」
和彫りの大きな特徴の一つが「額」(背景)だ。背中や腕など身体に合わせて、モチーフをどのように配置し、背景をどう流していくか——そこが最大の醍醐味であり、難易度が高い部分でもある。たとえば背中から腰、足へとつながるラインをどう設計し、どこに主役のモチーフを置くかは、デザインだけでなく解剖学的な身体の曲線の知識も求められる。
また、KANICHAELさんは「色数を増やしすぎない」ことを大切にしているという。
「背景は黒の面積をしっかりととって、モチーフを際立たせるのが好きなんです。色の種類が多いとごちゃごちゃして見えがちなので、使う色数は抑えめにして、パッと見たときにインパクトがあるようにしたいんですよね。」
最近はInstagramなどのSNSを活用し、和彫り作品の写真を投稿している。海外の人からの問い合わせも増えており、英語は得意ではないとしながらも翻訳ツールなどを使いつつコミュニケーションを図っているそうだ。
「タトゥーを入れるとき、一番大事なのはアーティストとの相性」とKANICHAELさんは言う。初めてタトゥーを考えている人には、まずアーティストの作品を見て「ピンとくるかどうか」で選んでほしいという。
大きな和彫りを入れたいというお客さんとは、まずどのモチーフをどの位置に、どのくらいの範囲で入れるかを1時間ほどかけてしっかり打ち合わせする。その後、KANICHAELさんが何日かかけてデザインを描き起こし、再度チェックを行ってから施術日を決める。もし修正点があれば細かいところをすり合わせていくという流れだ。
ワンポイントなど小さなタトゥーなら、その日のうちに施術することもあるが、和彫りのような大作になると何か月もかけて少しずつ仕上げていく。背中一面ともなれば、3〜4時間の施術を何度も繰り返し、半年ほどかかることも珍しくない。
KANICHAELさんは「和彫りこそが自分にとって一番面白い分野」だと感じている。今のところは、ほかのジャンルに手を広げるよりも、和彫りをとことん深掘りしていきたい考えだ。
「歴史が長いぶん、まだまだ学びたいことが尽きないんです。昔からのモチーフをどうかっこよく構図に落とし込むか、色合いはどうするか——一生追求できる奥深さがあります。自分のスタイルを保ちつつ、新しい要素も取り入れて変化し続けたいですね。」
世界的なコンテストでの受賞を目指すアーティストもいるが、KANICHAELさんはあまりこだわりがない。「何かの賞を狙うより、作品やお客さんと向き合うことを大切にしたい」と言う。そしてなにより、自分自身がタトゥーという文化を「楽しみながら続ける」ことを大事にしている。
「タトゥーは趣味でもあり仕事でもあるし、やっぱり“好き”な気持ちを失いたくないんですよね。のめり込みすぎると疲れちゃうときもあるので、ほどよくバランスを取りつつ、でも真剣に向き合う。そんなスタンスでずっとやっていきたいです。」
奥深い和彫りの世界に魅了され、日々腕を磨き続けるKANICHAELさん。その背中には、タトゥーの歴史を学びながら次々と新しい発想を生み出す探究心と、“楽しむこと”を忘れない柔軟な姿勢が刻まれているように感じる。
「タトゥーを入れてみたいけど迷っている」という人に向けても、「まずは作品を見てアーティストを探し、じっくり話をしてから決めるといいと思う」とアドバイスする。自分の肌に一生残るアートだからこそ、しっかりコミュニケーションを取って納得のいく施術を受けたいものだ。
これからも、“和彫り”を深く探求していくKANICHAELさんの歩みは止まらない。どんな新しい作品が生まれるのか——その動向から目が離せない。